about    早稲田大学
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item1b1稲門通信

No.230(平成21年度第4号) 2009年9月7日          発行:広報委員会

※一部内容を省略して掲載しています

早稲田大学バレーボール部ホームページ

http://www.wasedavolley.org/

 

 今夏は平年に比べ、全国的に日照時間が短く、特に北日本日本海側では1946年の統計開始以来、最も日照時間が少なかったようです。また、場所によっては新型インフルエンザの「流行宣言」が出されたとのことで、手洗いやうがいなどの感染防止の徹底し、体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さい。

 間もなく秋季リーグ戦も開幕し、4年生にとっては最後のリーグ戦となります。現役は春季リーグ戦の雪辱を晴らすべく、日々の練習に励んでいますので、皆様の応援をお願い致します。

 

1.平成21年秋季関東大学バレーボールリーグ戦日程 

同封しました「日程及び組合せ」をご参照ください。

秋季リーグ戦に向けての抱負

【男子】

 主将 高橋  悠  (スポーツ科学4年 東北高)

「いよいよ秋季リーグのシーズンとなりました。公式戦としては、秋季リーグ、全日本インカレの2試合です。この夏は1部昇格のため、他大学や企業の方々と多くの練習試合をこなしてきました。また、走り込みを行い、体力の強化も行いました。しかしながら、全早慶明定期戦では3位という結果になり、同じ2部の慶応義塾にも負けてしまうという屈辱的な結果になりました。この結果を真摯に受け止め、改めて「一球への執着心」と「最後まで諦めない気持ち」を大切にせねばならないと自覚しました。4年生としての最後のリーグ戦です。この秋季リーグで勢いをつけ、全日本インカレでセンターコートに立つべく、学生、スタッフ一同、全力で戦います。そして、私たちにご声援を送ってくださるOBの皆様をはじめ、ファンの皆様の期待に応えられるよう試合に臨みます。応援してくださる方々が早稲田を見ていて楽しいような、そして私たち自身も楽しいようなバレーをしてこの秋を乗り切ります。

 最後になりますが、OBの皆様、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」

 

 監督 吉井 勝彦(S61)

「春季リーグ戦が5位という成績に終わり、選手たちは「秋は必ず優勝したい!」という誓いのもと、夏の練習をスタートしました。今年の夏は、上井草体育館での一日練習や実業団チームや上位の大学チームとの練習ゲームを数多くこなし、個人・チーム力のアップを図ってきました。リーグ戦の前哨戦ともいえる「全早慶明定期戦」では、3位という結果に沈んでしまいましたが、この結果を真摯に受け止め、秋リーグに向けての選手たちの気持ちは引き締まり、モチベーションは高まったと前向きに捉えています。チームの状況は決して良い状況とは言えませんが、どのような状況であっても「学生が自ら考え行動する」という早稲田の基本的な考え方のもと、4年生が中心となり、選手一人ひとりが役割をしっかりと理解し、リーグ戦に臨みたいと考えています。

チームは、ライトの長内(4年)、リベロ山田(2年)からの正確なサーブカットを起点に、圧倒的なスピードで敵陣を圧倒するバレーを目指し、そして、最後まで決して諦めない、どんなボールでも繋ぎにいくというバレーボールの基本動作をひたむきに実行し、学生バレーのあるべき姿を体現し「早稲田バレー復活」を果たしたいと考えています。OBの皆様、応援よろしくお願いいたします」

【女子】

主将 高橋 里枝  (スポーツ科学4年 帝京長岡高)

「私たちは、秋季リーグ戦の開幕に向けて春の屈辱を晴らすため日々練習に取り組んできました。学生主体のチームである早稲田にとって、技術面・精神面の強化は自分達との闘いといえます。それを自分達で乗り越えることに意味があり、早稲田らしさがあるのだと考えています。これまで長い時間をかけて積み上げてきたものを、厳しい場面で一人一人の選手が発揮することこそが、早稲田の成長といえます。秋リーグでは、今までやってきたことに自信を持ち、自分自身の殻を打ち破って、一戦一戦を全力で戦いたいと思います。また、私たち4年にとっては大学生活最後のリーグとなるので、貪欲に「勝ち」にこだわり、絶対に悔いの残らない戦いにしたいです。

6+6+4+2+2=20の気持ちと、応援してくださる多くの方々のご声援を胸に勝利を積み重ね、全日本インカレという最終舞台に向けて頑張りたいと思います。どうか、あたたかいご声援をよろしくお願い致します」

 

 監督 麻生 俊行(S61)

「OB・OGの皆様におかれましては、いつも現役へのご指導ご支援ありがとうございます。

新型インフルエンザの感染拡大が懸念されるなか、いよいよ年度のクライマックスともいうべき秋季リーグ戦を迎えることになります。

チームは層が薄いなかで激しい練習を行っていることもあって故障者が多いうえ、リーグ戦5日目と6日目には大黒柱である高橋主将(4年)を地元新潟国体にふるさと選手として出場のために欠くこともあり、春季最下位、入替戦で残留した早稲田にとりましては苦戦必至の情勢です。

しかしながら、こうした逆境の時にこそ力を発揮すべく、春季入替戦終了後から3ヶ月のスパンで「相手の速いコンビへの対応」「サーブとブロック」「4年生のリーダーシップ」「3年生の自覚と責任」を中心にチームを鍛えてまいりました。早稲田のみならず地元新潟の柱である高橋、7月に日本代表としてユニバーシアードを戦った森田の両エースをはじめとした4年生を中心に、層の薄さを補うため全員バレーで戦います。

なお、7日目と8日目にあたる10月10日・11日の両日は記念会堂での開催となります。是非とも会場に足を運んでいただき頑張る学生たちをバックアップいただきたく、何卒よろしくお願い申し上げます。

最後のリーグ戦、「粘り」「コンビ」「自立」の早稲田女子バレーをご覧いただけるよう私自身も学生とともに精一杯戦いたいと思います」

 

2.第28回東日本大学バレーボール選手権大会男女結果 

【男子】

6月18日(木) 大会2日目 トーナメント1回戦   仙台市体育館

 早稲田 3-2 東北学院大 (25-18、21-25、23-25、25-16、15-6)

早稲田はセット序盤から自分達のリズムで試合を進め1セット目を取る。その後2、3セット目を落とし、4セット目、主将高橋悠(スポ4 東北高)に代わり、高橋元気(スポ3 東北高)が入り、序盤からリズムを掴みこのセットを取る。最終セットもこの勢いで序盤から試合を優位に進めセットを奪い、ようやく勝利を収める。

 

6月19日(金) 大会2日目 トーナメント2回戦   仙台市体育館

 早稲田 3-0 大東文化大 (25-14、25-19、25-20)

関東リーグ4部1位の大東文化に対し、早稲田は第1、2セットを奪う。3セット目は、春季リーグ戦からトスを上げてきた1年生セッター伊藤(スポ1 不来方高)に代わり、同じ1年生セッター梅澤(教育1 早実高)を起用、デビュー戦となった梅澤は丁寧にトスを上げ早稲田が力の差を見せつけて勝利した。

 

6月20日(土) 大会3日目 トーナメント3回戦  宮城野体育館メインコート

 早稲田 1-3 東海大   (16-25、25-23、21-25、18-25)

第1セット、東海大学の高い攻撃に対しブロックが決まらず、セットを落とす。第2セット、相手の攻撃に徐々に慣れ、レシーブが安定し始める。サイドの浅野(スポ3 深谷高)のサービスエース等で、このセットを奪う。第3セット、東海大学の強力なサーブに攻撃のリズムを作れず、長内(副将 スポ4 五所川原工高)の奮闘もむなしくセットを落とす。第4セット、序盤から一進一退の攻防が続き、終盤までもつれるものの、最後に突き放されてこのセットも落とし今大会はベスト16で幕を閉じた。

   優勝 東海大学、2位 中央大学 3位 順天堂大学、日本体育大学

(高橋佳照 副務 人間科学部3年 早稲田高)

 

【女子】

6月19日(金) 大会2日目 トーナメント2回戦   仙台市宮城野体育館

 早稲田 3-0 東京学芸大 (25-15、25-11、25-13)

 両エース森田(スポ4 文京学院高)・高橋(スポ4 帝京長岡高)の不在で迎えたこの大会は、3年生中心の新しいチームでの参加となり、主将代理を石川(文3 厚木高)が務める。

 早稲田の緒戦となる学芸大との1戦は、1セット目、慣れないチームでの緊張もあり、なかなかリズムに乗り切れないが、終盤からセンター菅野(スポ3 大和南高)や宮野(スポ3 吉田高)に加え、この大会で、初スタメンとなったライト町田(スポ1 八王子実践高)のブロックが決まり、流れを引き寄せて、ベスト16にコマを進めた。

 

6月20日(土) 大会3日目 トーナメント3回戦   仙台市宮城野体育館

 早稲田 0-3 青山学院大 (20-25、12-25、23-25)

 ベスト8をかけての、青山学院大との一戦。リベロ平田(スポ2 都立駒場高)の安定したサーブレシーブから、セッター田中(スポ3 長崎東高)による幅を使った攻撃で、序盤リードする。しかし、相手の多彩な攻撃に苦しめられ、セットを落とすと、第2セットは、全くリズムをつかめずに落としてしまう。後がなくなった第3セット、全員で気持ちを入れなおし、再び攻撃を仕掛けるも及ばず、ベスト16での敗退となった。

   優勝 東海大学 2位 嘉悦愛学 3位 日本体育大学、青山学院大学

(野本英里 主務 スポーツ科学部4年 鴎友学園女子高)

 

3.「全早慶明定期戦」3位 

 第62回全早慶明バレーボール定期戦(当番校 明治大学)が、8月29日(土)明治大学和泉校舎体育館で行われ、全明治大学が昨年に続いて19回目(同率優勝9回を含まず)の優勝を飾りました。今回は、大会の本来の主旨に沿って実業団で活躍する選手が出場出来るよう3校でスケジュールを調整し試合日を設定しました。

 全早稲田には、伊東克明さん(主将 H12 FC東京)、中谷宏大さん(H15 FC東京)、加賀龍哉さん(H17 FC東京)のOB3選手が加わり健闘しましたが、第45回大会(平成4年)以来の3位に終わりました。

 この後、会場を移して3校のOBによる懇親会行われました。なお、来年の当番校は早稲田大学です。

  全早稲田2―3全 慶 応(20―25、25―17、26―24、22―25、12―15)

  全早稲田1―3全 明 治(25―23、22―25、16―25、16―25)

  全 明 治3―1全 慶 応(25―16、21―25、25―19、25―19)

  【結 果】  優 勝  全明治大学   2勝0敗

         準優勝  全慶応義塾大学 1勝1敗

         3 位  全早稲田大学  0勝2敗

伊東克明さん

「OBとして3回目で、出場を楽しみにしていましたが、1週間前に練習でアキレス腱を痛めてしまいプレーができませんでした。他の大学では、卒業してから母校のユニフォームを着る機会はありませんが、久しぶりに早稲田のユニフォームを着て嬉しかったです。

 後輩達のプレーについては、ボールを落とさないという気持ちをもっと前面に出して欲しい。あきらめるのが早く、押しこまれると落ち込んでしまう。キャプテンを先頭に、練習の時からボールを落とさないように真剣に取り組んでほしい。もっとやれるはずです」

加賀龍哉さん

「OBとして2回目の出場で久しぶりにエンジのユニフォームを着て嬉しく、新鮮な感じで現役時代を思い出しました。後輩達と一緒に試合をして感じたことは、チームにレシーブの安定感が無い。リードブロックがザルになっている。チーム全体としてレシーブの意識を高め、そして、ブロックとレシーブの関係を持たせた練習が必要です。個々の能力は高いと思いますが、練習の時からミスをしてもそのままではなく、叱咤、激励することが大事です」

 

4.東京都大学選手権で女子が準優勝 

 第2回東京都大学選手権大会が、7月26日(日) 東京農業大学世田谷キャンパス桜ケ丘アリーナで10チームが参加して行われました。

 試合は、準々決勝 早稲田2―1日本女子体育大B(16―21、25―21、25―15)、準決勝 早稲田2―0国士舘大A(25―19、25―19)、決勝 早稲田0―2東京女子体育大(23―25、16―25)で準優勝しました。

 

5.「セルビア ユニバーシアード大会」に柴小屋さんと女子・森田が出場 

 前号で、セルビアのべオグラードで開かれた「第25回夏季ユニバーシアード大会(7/1~12)に男子・柴小屋康行さん(H20 NEC→サントリー)と女子・森田絵美(スポーツ科学部4年)の2選手が出場することをお伝えしましたが、その続報です。

男子(出場 23カ国)

C組の日本は、予選1回戦 総当たりリーグ戦で、ウクライナ(1―3)、エジプト(0―3)、イギリス(3―0)、カナダ(3―2)、スロベニア(3―0)と対戦し、3勝2敗で9~16位決定戦に回り、韓国(2―3)、ドイツ(3―1)の後、スウェ―デン(3―0)に勝ち13位となりました。

(1位 ロシア  2位 ブラジル  3位 エジプト)

女子(出場 16カ国)

D組の日本は、予選1回戦 総当たりリーグ戦で、スウェ―デン(3―0)、ロシア(2―3)、タイ(3―0)と対戦、2勝1敗で2位となり準々決勝に進出。前回覇者のポーランドと対戦(1―3)したが敗れて5~8位決定戦に回り、中国(1―3)の後、スペイン(3―1)に勝ち7位となりました。

(1位 イタリア  2位 セルビア  3位 ポーランド)

柴小屋康行選手

「2年前は途中からの出場でしたが、今回はスターティングメンバーとして任されていたので全試合に出場しました。また、最年長でもあったのでチームを引っ張らねばという責任感を持って試合に臨みました。世界のレベルの高さに改めて触れ、日本の選手は体格が劣っている分、レシーブやつなぎのプレーをより多く練習していかないとこれからは世界で通用しないと思いました。

 個人的なことですが、NECの廃部に伴い会社の所属がサントリーに代わり、8月1日からチームに合流しています。企業チームが縮小や減少していく中、バレーが出来る環境を与えていただき感謝すると同時に期待にこたえたいと思います。

 現在、全日本男子の35人の枠に入っており、今後のワールドグランプリに選抜される可能性があるのでこれからも頑張ります」

森田絵美選手

「途中出場でほとんどの試合に出ました。世界のシニアの選手達と戦って自分にとって良い刺激になりました。日本にはない高さで壁が大きく、自分の技術が通用するのかしないのか新たな課題が見つかりました。それを克服するために、攻撃ではいろいろなコースを打てるようになること。早稲田では攻めの要ですが、守備も上手くならないといけないと実感しました。ユニバーシアードに行けたことは皆さんのお陰で、今回経験出来たことを活かして秋季リーグ戦では精一杯頑張ります」

6.夏合宿・遠征等の報告 

 【男子】

<練習試合>

・ 8/11 天理大学・東洋大学   ・ 8/18 亜細亜大学   ・8/21 法政大学

・ 8/22 明治大学        ・ 8/26、27 FC東京

<合宿>

・8/19~20  筑波大合宿  ・ 9/5~6  筑波大合宿

 

【女子】

<練習試合>

・8/15・16  @日女体大にて    対静岡国体選抜・日女体・東女体

・8/19     @上井草体育館にて  対高崎女子高校

・9/4~6    @上井草体育館にて  対新潟国体選抜

<合宿>

・8/1~4  兵庫合宿   

 @神戸親和大学にて  対兵庫国体選抜・鹿児島国体選抜(鹿屋体育大学)

・8/21~23 新潟合宿  

 @小千谷市総合体育館にて  対新潟国体選抜

 

7.田中飛鳥さん(H17)所属の岐阜クラブが初優勝 

 第29回全日本6人制バレーボールクラブカップ男子選手権大会が、8月6日(木)~

9日(日)北海道苫小牧市で開かれ、田中飛鳥さん(H17)が所属する岐阜クラブが初出場で初優勝しました。岐阜クラブは、平成12年に開催予定の岐阜国体へ向けて今年4月に結成されたチームで、予選グループ戦を勝ち上がり、決勝トーナメントは2回戦 2―0 ZACO(三重県)、3回戦 2―1 兵庫教員クラブ(兵庫県)、準決勝 2―0 曙(神奈川県)と勝ち進み、決勝戦では 2―1(25―16、26―28、25―23)味祭(愛知県)を破り見事優勝、主将の田中さんが最優秀選手に選ばれました。

田中飛鳥さん

「卒業後、堺ブレイザーズでプレーしていましたが、去年の4月に高校の教師になりました。岐阜クラブは自分が一番の年長で、今回若い人達が頑張りましたが、まさか優勝までいけるとは思いませんでした。また、早稲田は2部に落ちてしまいましたが、何とか1部に復帰するよう頑張ってください」

 

8.塚本監督率いるチームが高校総体に出場 

 今年のインターハイ(平成21年度全国高等学校総合体育大会)は8月3日から奈良県で開催されました。今年の大会は、始まる前から(合宿等で)新型インフルエンザを発症する選手、チームが複数出たためその対応に追われました。大会にはOBの塚本正仁氏(S63)が監督の弘前学院聖愛高校(青森)が出場し、3日、予選グループ戦で西原高(沖縄)と対戦、0―2(21―25、12―25)で敗れたものの、敗者復活戦では、細田学園高(埼玉)が新型インフルエンザで棄権したため決勝トーナメントに進出しました。近江兄弟社高(滋賀)との1回戦は 1―2(25―22、16―25、21―25)で惜しくも敗れました。

塚本監督

「今年は春高バレーにも出場出来ず、1人の選手を除いて全国大会が初めての全くの新人チームでした。来年は青森県の八戸で全国大会が予定されているので、1~2年生を中心に技術、体力をつけていかなければなりませんので、そのチーム作りのスタートになる大会になりました」

 

10.訃報 

  佐々木 鴻基さん(S21) 平成18年6月 ご逝去 ※今回判明したため記載しました

  ご冥福をお祈り申し上げます

 

 

【編集後記】

 前号では、「北海道」「東北」「関東・甲信越」「近畿・四国」の4支部に引き続き、今号では「東海・北陸」「中国」「九州」の3支部の支部長より寄稿いただきましたので同封いたします。

 また、今年度は3年に1度の名簿発行の年度にあたるため、その事前準備として「名簿更新ついて ご協力のお願い」を同封させていただきました。ご協力をいただけますよう、よろしくお願いします。

 

1953年(昭和28年)米国遠征に当たって

昭29年一法卒 塩野 操

足掛け57年前のことである。日本は占領下にあり、渡航する人も、また渡航先も制限されていた。6人制(国際制)バレーボールは、当時は今のロシアの前身のソ連とその衛星国ポーランドなど、所謂、共産圏諸国が世界を制していた。米国をはじめ自由圏諸国は、プレーはしていたもののそれほど強国ではなかった。注力スポーツでなかったのである。米国は程なく列強に入るのだが。

昭和27年にかけ、GHQ勤務の将校、ストラットン氏が余暇に戸塚のコートに度々、9人制の研究傍ら、プレーに来られ一緒に汗を流した。その折、6人制の話を聞き、触発された。9人制に慣れきっていた、しかも、9人制が最も良い競技と唱える我々には理解度が低かった。しかし、世界の6人制とはどんな競技法なのかを知りたくなったし、その未知の探求、実情調査の必要と国際制導入の実現可能性をも含め、模索するに至った。氏は自ら6人制の選手であり、米国連盟首脳部にコネクションを持つ有力な方であった。

米国遠征は岡田、谷口、木下、大倉の諸先輩が原動力となっていただき実現するに至った。現役からは佐藤(旧姓鈴木)、遠藤、見波、御酒本、三島、塩野(筆者)、丸谷、西川、田中の9名(背番号順)が選ばれ、前記4名OBと計13名の選手団となった。既に黄泉の彼方に去られた諸氏のご冥福を祈るものです。

前後するが、当時、世界の6人制は共産圏が強かったが、日本は米国の占領下にあり、共産圏行きビザがおりないこと当然。ストラットン氏のお世話で全米大学選手権大会(1953年4月末~5月初旬、Nebraska.Omaha.BoysTown)から招請を受け、遠征が実現するに至った。1952年秋の事であった。

全米大学選手権大会の日程は決まっている、遠征は決まったが、先立つもの

(資金)がない。ルール、競技法、戦術も全く無知であった。また、渡航手段で困惑しているところ、当時の緒方副総理のお力添えで、A.P.L.客船P・ウイルソン号との朗報入る。余談だが、この船には立教大学バスケット部(主将・故荒井康夫君=小生と山形東高同級)がハワイ大学に招かれて遠征することになっていたが先方の都合で中止となったと聞いている。彼は残念がっていた。

OB 諸氏は私財を投じ、現役は出身地に帰り、寄付を募る、親から出して貰う、親戚縁者からお祝いを頂くなどして遠征資金を集めた。幸いにして、山形東高の同窓、早稲田の先輩の山形新聞社主、服部敬雄氏より当時のお金で5万円を頂いた。緒方副総理名入りの趣意書に感服していただいたのである。当時の大卒の初任給が1万1千円程度であった。山形駅頭に幟をたてて、友人、後輩、親戚縁者が壮途を祝って、送ってくれた。山形県人の海外渡航は珍しい時代であった。日本青年外交、スポーツ外交の草分けであつた。

ルール、戦法は無知であったが、コートの広さ9M、ネットの高さ2.43M、アンダーハンド・プレーは反則、9人制のタッチプレーはホールデング、サーブ権がなければ得点しない、サーブ権を得るとローテートする位は知るに至った、が煩わしい体形のプレーはドリブルとは知らない、僅かな知識で出発した。

ネットの高さを調整するため補助角材を2本作った。甘泉君の発案であった。雨の日は都電の中に持ち込み、大曲経由で竹早高まで運んだ。角帽をかぶった学生の角材持ち込みで乗客はみんな驚いていた。レッド・パージの再発との恐怖を与えたのである。一部の間の学生運動は盛んであった。

米国大使館にて渡航手続き、聖路加病院で予防注射、築地の洋食店でナイフとホークの使い方、マナーを習ったりして準備していた。

各自勝手に、自費で背広を新調、ネクタイ、Yシャツ、衣類、備品、旅行用トランクを購入した、色も大きさも不揃い。背広は初めて、ネクタイを結ぶのにも難儀していた。揃っているのは部支給のWマークの競技用ユニホーム(ランニング)、ソックス、競技用パンツ(ミズノ提供)、シューズ(鬼塚提供)のみであつた。トレーニング・ウエアー等は揃っていない。恥を曝す話だがこれは事実で、ユニホーミテーに欠ける、何もかも不揃いの時代で、恵まれない服装での遠征であった。が未知の世界(6人制と米国)の習得、大会出場に向け意気込みは盛んであった。春季リーグは二部転落、入替え戦覚悟の上だったが、最終戦に間に合った。安田キャプテン初め、部員が頑張ってくれたことに感謝する。

渡米が4年の新学期と同時期なので履修届けは同学部、同級の安田君に頼んだ。良い選択科目を選んで下さった。お陰で卒業できた。

昨今、全世界、各種スポーツ界は活発。就中、日本バレーの隆盛は欣快に耐えない。当時の我々、全早稲田バレー部の遠征は乏しい状況下でのことであったことを記し、先駆者としての誇りを堅持しつつ、この先忘れられないように伝えておきたいと思って綴った次第です。

日本の各般のバレー界、男女選手の体位、技、服装、体育館設備、応援風景などをテレビで観て、その推移に今昔の感を抱くものです。そして、今日、あらゆる面で恵まれ過ぎていて学生バレーの在り方に逆に不安を覚えるのです。早稲田バレーはスター養成所ではない、学生の本分(人格形成の場であること)を常に強く心に秘めて、事に当たって貰いたい。拙文の極みで失礼。

遠征記、成果は諸氏が既に記述されているので省きます。

昨夏、朝日新聞夕刊にて、佐伯大先輩の雄姿(写真)と記事に接しました。早稲田バレーが日本バレー界に、時代を問わずに常に与していることを覚えた。「進取の精神」とは創立者、大隈重信侯の教えであり、そして伝統である。

ワセダ・バレーに栄光あれ! ワセダ・バレー万歳! 2009 7月

 

※前号の北海道、東北、関東・甲信越、近畿・四国の4支部に引き続き、今号は、東海・北陸、中国、九州の3支部の「支部からの便り」をお伝えします。

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「東海・北陸支部からの便り」

東海・北陸支部長 前田直道(S22)

平成19年の10月に腰部背柱管狭窄症の手術をうけ、その後、後遺症治療のため「デイ・ケア」でリハビリに専念している私に、仙北谷力君から寄稿の依頼がありました。

長い間、世間と没交渉のまま過ごして来ましたので、思考力も記憶力も低下しておりますが恥を忍んでペンを執りました。

昭和22(1947)年卒業から62年を経過しておりますので、生存中の先輩、同僚も残り少なくなり寂しい限りです。稲門バレーボール倶楽部に支部組織が発足して以来、東海・北陸支部長を仰せ付かっております。

東海(4県)北陸(3県)と広域にまたがり、また地区内在住のOBについて名簿で調べても余りにも隔たりが大きくて、顔と名前が一致せず、誰に相談してよいかも分らぬまま開店休業が続き焦っておりました。

そんなときに私の前に表れたのが作久山健君(S33)です。

ご承知の方も多いと思いますが、彼は早稲田のバレー部を愛すること人後に落ちず、また大変に面倒見の良い男です。

彼のもっている情熱や人的関連のノウハウを活用し早速に支部を立ちあげました。

その後の支部の活動状況については、折にふれて稲門倶楽部情報等でご報告をしてきましたが、現役チームが合宿のため来県したとき、当地で開催された全国大会に現役チームが出場したときなど、支部メンバーを誘い合わせ、観戦、激励、慰問あるいは会食懇談会を行っております。とくに支部の総会は、プロ野球中日ドラゴンズの社長 西川順之助君(S30)のご配慮でドラゴンズの公式戦を名古屋ドームのネット裏で観戦したあと、会場を移して懇親会で気炎をあげるというユニークな企画が定番となっております。

ただ残念なことには、昨年、佐久山君が病に倒れたことです。支部の活動がピンチに陥りました。(彼の一日も早い再起を期待しております)

佐久山君の後継者としてメンバーの方達から、高木利之君(S41)が推薦されて来ました。

彼は静岡県富士市に在住しており、活動の中心となり勝ちな名古屋に遠いというハンディを克服し、今までと変わらぬキメ細かなお世話をしてくれておりますので恒例の支部活動を継続することができ彼に感謝しております。

支部活動の課題は、北陸地区会員の掘り起こしと行事の参加勧誘、行事の廻り持ち開催等が考えられますが、既に高木君は地区別に幹事を増員する計画をもっているようですので今後の活躍にご期待下さい。

支部創設以来、中国・四国支部長を務めていた坪島芳文君(S23)も知らぬ間にリタイアーされました。

私ごとき高齢かつ体調不良者は、一刻も早く辞退し新しい支部長の選出を待望しております。

ついで私とバレーボールとの出会いについて申し上げます。

私の子供の頃の小学校は、尋常小学校(6年制)とその上に2年間の高等科が併設された尋常高等小学校とがありました。

私の入学した尋常高等小学校の高等科にはバレー部がありました。毎日校庭で行われていた練習をみていて忽ちバレーのとりこになりました。

そんな訳で中学校での部活は迷わずバレー部(当時は排球部)にきめました。

バレー部のプラカードの前に並んだのは、私のほかは1名しかありませんでした。当時の若者の認知度はそんな程度でした。

それ以来、中学、早稲田、クラブチームでプレイをし、現役引退後も地元協会の役員をしたり、稲門倶楽部のメンバーの一員として交流を続けさせていただいております。

皆さんにお話ししたいことは沢山ありますが、とても書ききれませんので残念ながら割愛させて頂きます。

最近の現役チームの戦績をみて不可解なことがあります。

第1は、リーグ戦で昨日勝てたチームに今日は簡単に敗ける。

第2は、名前も知らなかった地方の大学に敗れるケースが多い。 この二点です。

選手の確保難、技術・作戦の高度化、地方のレベルアップ等環境が大きく変わってきていることは理解できますが、関東大学一部メンバーの大学チームが地方の大学に敗けるなんてことは想像すら出来ませんでした。残念です。(私の考え方は古いですか)

早稲田が初めて愛知県の大学に敗れたことを知ったとき、何だか肩身のせまい思いがしましたし当分の間、晩酌の不味い日が続いたことを思い出します。

私は今年の7月に85歳になりました。今尚、全国に散在するクラブメンバーとの交流が絶えません。

バレーボールに出会えたこと、就中早稲田でバレーが出来たことは無上の仕合わせであり誇りに思って生きて参りました。人間形成もバックボーンもすべて早稲田バレーを通して培われたものと信じ感謝しております。

首都圏在住のOBの皆さん

日頃は何くれとなく現役の面倒をみていただき有難うございます。引き続きよろしくお願い致します。

現役の皆さん

早稲田でバレーができることの仕合わせを肝に銘じ、悔いのない4年間を過ごして下さい。

妄 言 多 謝

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「中国支部からの便り」

中国支部長 野本一広(S55)

皆さんこんにちは。

今年度から中国支部長を仰せつかりました野本と申します。

伝統ある稲門バレーボール倶楽部の支部長を大先輩から仰せつかり,身の引きしまる思いであります。

今後は,名簿等を確認し,中国支部会員の懇親をはかるべく活動をしていきます。

こちらに来られる時には連絡をいただければ,いろいろとご案内できると思います。また,上京の折には,東京方面在住の方と懇親を深めたいと思っておりますので,よろしくお願いします。

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「九州支部からの便り」

九州支部長 佐藤篤二 (H35)

九州支部の佐藤篤二です。

平成19年度第3号稲門通信の「支部便り」で九州支部の活動を報告してまだ2年ですが、その後の九州の稲門バレー倶楽部会員の近況を報告いたします。

博多山笠も終り、7月22日は日本国内で観測できる46年振りの皆既日食の日でした。

7月24~26日は福岡地区を中心に記録的な豪雨、全国ニュースで報道されたため何人の方から御見舞を頂きましたが、お陰様で被害の報告はありませんでした。

先ず、近年の九州としての最大の出来事は現役女子バレー部(主将:末松智紗H20)の福大合宿です。

九州にバレー部が来たのは、昭和29年オールジャパンが福岡市で開催された節、故丸谷統男先輩(S30)主将率いる早大チームの来福以外は私は知らない。

それが平成19年8月に実現しました。合宿では35setで21勝14敗と芳しからず、気になったが、その成果はインカレで活かされた。4位ではあったが、準決勝戦、3位決定戦は「スカパー(CS放送) Jスポーツの生放送」で観戦出来た。「優勝したら九州で祝賀会をしよう」の夢も間近のbest4、遠い九州福岡で実況TVが見られた女子部に感謝する。

遠い九州で現役の試合を観戦するのは無理にしても、各地で展開されているVプレミアム、チャレンジリーグで活躍しているOBの試合は注意すれば観戦応援に行ける。

今年6月に第21回アジア太平洋カップ福岡大会が開催され柴小屋康行さん(H20)が活躍した、観戦したが本人には声を掛けなかった。東京では数多くのOBが各種大会で出場活躍しているが、地方の福岡では年に数えるしかない、今後は声だけでも掛けようと思う。

稲門バレー倶楽部会員は名簿(平成18年版)によれば、現役を含め約550名位、そのうち九州では宮古島にいる会員を含め22名である。広さは北九州-鹿児島の高速道で360kmあり、九州全体で集まるなど考えたこともない。どうしても九州の一極集中と言われている福岡が中心となり、時々佐賀が加わる程度である。その中でも最大のイベントであった一昨年の女子部合宿懇親会の時は学生18名と麻生俊行監督(H61)、杉山信先生(S26)に加え福岡、佐賀、北九州の会員8名の合計28名の集合であった。

支部近況報告とのことであるので九州支部長になって全員に初めてテレを試み、近況を尋ねることにした。

22名中3人は連絡できなかったが、15人は本人の声を聞くことが出来た。その中で昭和21卒の佐々木鴻基先輩は昨年他界されたとの返事である、早く連絡しとけばよかったと反省する。

どうしても私中心の報告となり申し訳ないがご了承ください。特に若い平成卒とは息子以上の差があり年齢差を感じるが、快く話を聞いてくれた若者に感謝する。

2年前安藤文彦さん(S54)が福岡に転勤以来何度のなく稲門バレーが集う機会が出来て嬉しくなったが、今年名古屋に転勤になった。今まで福岡での集会の常連だ

った熊丸哲夫さん(S41)が倒れ、中村章さん(S56)、貝塚耕一さん(S59)が単身赴任となり安藤さんが居なくなり寂しい限りであります。

特に安藤さんは以前の監督でもあり、指導委員もしており九州地区の選手勧誘にも精を出してくれている。彼がいなくなると集合も少なくなり寂しくなること必定、全国の稲門バレー会員の皆様、九州福岡に来られた節は連絡下さい、その機会に集合の召集をしたいと思います。

九州支部の話題ではないが、7月26日には第1回岩田杯ソフトバレーボール大会が藤沢市で開催されました。私は段取りが出来ず参加出来なかったがバレーボール界を代表しての「日本スポーツグランプリ」受章の岩田三郎先輩(S24)の冠がついた大会です。

来年は是非参加したいと存じておりますが何方か参加される方は居られませんか? 稲門バレーも絡んだことは出来ないものかと遠く九州より熱望しております。

ソフトバレーは、柔らかいボールに、バトミントンコートの広さ、ネットの高さは2m、略6人制ルールで4人一組です、年齢基準があるのでそれなりに難しくもあり面白い高齢者向きのスポーツです。若い人も必ず高齢者になります。ソフトバレーを「生涯スポーツ」として健康保持と、多くの仲間と親睦、交流を深め、活力ある長寿社会づくりを推進しようではありませんか!!

(平成21年8月記)

 

平成21年9月 7日

稲門バレーボール倶楽部(稲門会)名簿更新ついて ご協力のお願い

本年、平成21年は会員名簿更新期に当たります。つきましては、会員の皆様のご連絡先の確認及び更新を同封の葉書にて行いますので、ご記入のうえ9月30日(水)までに必着いただけるよう投函をお願いいたします。尚、平成21年発行名簿について 2 名簿の配付方法、3 勤務先内容の変更 を行いますのでご確認、ご協力をお願いします。

1 名簿の掲載項目 (平成18年発行と同様以下の7項目となります。)

1 稲門倶楽部連絡先 及び 会費振込先 2 稲門倶楽部規約 3 組織図

4 幹事会規定 5 クラブハウス規約 6 会員等連絡先 7 索引

2 名簿の配付方法について

名簿配付方法は、(1)平成18年発行後、全会員からの名簿代金の回収率が46%という低調なこと、(2)個人情報の取り扱いに十分配慮を行う必要があること、(3)最新情報を追加掲載していくことなどから ① 従来どおりの冊子(希望性:1部 発行手数料等含み¥2,000徴収)方式、②インターネット(早稲田大学バレーボール部ホームページにおける配信)方式の2種類の準備をさせていただく予定です。

お手数ですが同封の連絡先確認葉書にて配付の方法①・②を確認させていただきますので、ご連絡先とあわせてご希望の配付方法に○印をご記入願います。

3 勤務先内容の変更について

近年、勤務先での職場異動や職場名変更など頻繁に発生しております。そのため、日々ご多忙な会員から逐一、新たな勤務先情報の更新を行う時間的余裕は厳しいといえます。

そこで、勤務先内容を配属先(支店)等の住所・連絡先は割愛し、勤務先(会社)名のみ記載することに変更いたします。

名簿記載内容を精選することにより、稲門通信ならびにインターネット(早稲田大学バレーボール部ホームページからの配信)において会員連絡先の更新を手際よく行い、お知らせいたします。

「確認表」に記載された内容については、記入されたすべてのものが名簿に記載されます。

また、「確認表」に記載された内容は、名簿作成の目的以外では利用しません。

以上 会員の皆様のご理解・ご協力を宜しくお願いいたします。