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item1b稲門通信

No.231(平成21年度第5号) 2009年11月15日         発行:広報委員会

※一部内容を省略して掲載しています

 

 新型インフルエンザが猛威を振るっており、流行が全国的に本格化してきているとの報道発表がありました。これから季節性のインフルエンザの流行る時期を迎えることもあり、引き続き体調管理にはお気をつけください。

 この状況の中で開催された秋季リーグ戦では、男子部は春季リーグ戦と同様5位、女子部は入替戦で国士舘大学に敗れ2部降格と、それぞれ残念な結果となってしまいました。今月末から開催される全日本インカレでの現役の奮起を期待したいと思いますので、皆様のご声援をよろしくお願いします。

 

1.水野忠夫前部長がご逝去 

 

 水野忠夫稲門バレーボール倶楽部名誉顧問(前部長)が、9月20日(日)72歳で逝去されました。

 水野先生は、1998年(平成10年)9月に故品田一良先生から早稲田大学バレーボール部長並びに稲門バレーボール倶楽部会長を引き継がれ、2008年(平成20年)3月まで10年間(最後の2年間はバレーボール部長)学生及び稲門バレーボール倶楽部をご指導していただきました。葬儀は、東京・杉並の堀之内斎場にて、9月26日(土)通夜、27日(日)告別式が執り行われ、多くの大学、バレーボール部の関係者が弔問に訪れました。

 ここに長年にわたり、早稲田大学バレーボール部長並びに稲門バレーボール倶楽部会長としてお世話になりましたことに対し御礼申し上げるともに、哀悼の意を表しご冥福をお祈り申し上げます。

 

2.平成21年秋季関東大学バレーボールリーグ戦結果 

【男子2部リーグ戦】

 

第1日 9月12日(土) 慶應義塾大学日吉記念館

早 稲 田 3-0 中央学院 (25-19、25-17、25-19)

 序盤から早稲田が波に乗り難なく1セットを取る。その後も中央学院のミスが続き、早稲田ペースで試合は進みストレートで勝ち、幸先の良いスタートを切った。

                         (高橋佳照 副務 人間科学3年 早稲田高)

 

第2日 9月13日(日) 慶應義塾大学日吉記念館

早 稲 田 2-3 慶応義塾 (25-17、16-25、25-20、11-25、10-15)

 春季リーグの雪辱を果たすべく臨んだ慶應義塾戦。1セット目を先取するが、慶應義塾が立て直し2セット目を取られてしまう。接戦の末3セット目は取ったが、4セット目でミスを連発、大差でセットを取られ、5セット目も立て直せないまま敗れた。

 

第3日 9月19日(土) 亜細亜大学体育館

早 稲 田 1-3 国 士 舘 (23-25、25-18、16-25、19-25)

 1セット目は国士館大に取られるも2セット目、粘りを見せ勝利、しかし自分たちのバレーをうまく展開することが出来ず3、4セットを取られ敗れた。

 

第4日 9月20日(日) 亜細亜大学体育館

早 稲 田 3-1 専  修 (25-23、25-23、20-25、33-31)

 序盤から波に乗り 1、2セットを先取する。しかし、春季1位の粘りを見せる専修に3セット目を譲ってしまう。気合を入れなおした4セット目は4年生が意地を見せ、リーグ通算2勝目を挙げた。

 

第5日 9月23日(祝) 亜細亜大学体育館

早 稲 田 0-3 宇 都 宮 (27-29、21-25、20-25)

 ずば抜けた勝率で3部から2部へと昇格してきた宇都宮の巧みな攻撃になかなか反撃しきれない早稲田。そんな戸惑いがプレーに出てしまったのかストレートで宇都宮に敗れた。

 

第6日 9月26日(土) 亜細亜大学体育館

早 稲 田 3-0 亜 細 亜 (25-19、25-17、25-22)

 リーグも終盤を迎え、勝率を少しでも多く挙げたいという気持ちの中での亜細亜大学戦。相手のミスもあり早稲田ペースを崩すことなくストレートで勝利した。

 

第7日 9月27日(日) 亜細亜大学体育館

早 稲 田 2-3 駒  沢 (25-15、24-26、29-27、23-25、9-15)

 勝てば上位、負ければ下位という試合。いずれのセットも接戦となり、試合はフルセットへともつれこんだ。ペースを立て直せない早稲田は駒澤の攻撃に翻弄され、勝利を逃し下位が決まった。

 

第8日 10月11日(日) 駒沢大学玉川キャンパス体育館

早 稲 田 3-0 亜 細 亜 (25-15、25-20、25-19)

 今季調子が上がらない亜細亜はミスを連発。落ち着いて自分たちのバレーをする早稲田は順調にセットを取りストレートで勝利した。

 

第9日 10月17日(土) 駒沢大学玉川キャンパス体育館

早 稲 田 0-3 中央学院 (23-25、23-25、17-25)

 リーグも終盤。ミスが目立ちリーグ初日にストレート勝ちした中央学院にストレート負けしてしまった。

 

最終日 10月18日(日) 駒沢大学玉川キャンパス体育館

早 稲 田 3-2 専  修 (26-24、21-25、23-25、25-22、15-10)

 お互い譲らずにフルセットへもつれこむ。5セット目、1―5でリードされるという不利な状況で早稲田が連続でブロックを決める。早稲田が追い上げを見せ、ペースを崩した専修大学へ攻守ともに早稲田らしいバレーを展開し、勝利した。リーグ最終日にふさわしい勝ち方が出来た。

 

 個人記録(10位以内)

  ・最多得点

   6位 倉坂 正人(社2 石川県立工高)  124点

  ・サーブ効果率

   4位 倉坂 正人(社2 石川県立工高)   6.6%

 

最終結果

1位 国士舘大学   10勝 2敗

2位 慶應義塾大学   6勝 4敗(セット率[1.27]による)

3位 宇都宮大学    6勝 4敗(セット率[1.25]による)

4位 駒澤大学     5勝 5敗(セット率[0.81]による)

5位 早稲田大学    5勝 5敗(セット率[1.11]による)

6位 専修大学     4勝 6敗(セット率[1.05]による)

7位 中央学院大学   4勝 6敗(セット率[0.85]による)

8位 亜細亜大学    0勝10敗

 

 

【女子1部リーグ戦】

 今回の秋季リーグ戦は、新型インフルエンザの影響で各チーム7試合のみで行われました。

 

第1日 9月20日(日) 青山学院大学相模原体育館

早 稲 田 0-3 東  海 (20-25、18-25、20-25)

 秋季リーグ第1戦目。第1セット中盤まで16-16と競るも、要所でサーブミスやスパイクミスといった簡単なミスを連発し、セットを落とす。第2・3セットは、なかなか思い切ったプレーができず、守りにはいってしまい流れを作れず、黒星スタートとなった。

                         (野本英里 主務 スポ4 鴎友学園女子高)

 

第2日 9月21日(祝) 青山学院大学相模原体育館

早 稲 田 1-3 筑  波 (25-22、19-25、14-25、18-25)

 序盤相手のミスから、リズムを作るとサーブとブロックで攻める早稲田の持ち味を出すことができ第1セットをものにする。しかし、第2セットからレフトにボールを集めるも、相手のマークが厳しくなりなかなか相手コートにボールを落とすことができず、流れをひき寄せられず、連敗で1週目を終えた。

 

第3日 9月26日(土) 青山学院記念館

早 稲 田 1-3 日 体 大 (22-25、22-25、25-16、24-26)

 いつも出だしが課題の早稲田だが、この日は全セット良い出だしをみせる。第1セット、18-13とリードして終盤に差し掛かるも9点連続失点。結局流れを持って行かれセットを失う。第3セットは、主将高橋と森田の両エースにボールを集め、意地をみせてセットを奪い、第4セットに望みをつなぐも、最後にもう1歩、踏ん張ることができず、3敗目となった。

 

第4日 9月27日(日) 青山学院記念館

早 稲 田 1-3 青山学院 (17-25、16-25、34-32、22-25)

 第1セットと第2セットは、昨日同様相手の連続得点を食い止めることができず、大差でセットを失ってしまう。後がなくなった第3セット目。もう一度挑戦者として、思い切って勝負に挑むことを決意し、終盤は両レフトにボールを集め、気持ちでセットをものにする。このままいい流れに持ち込みたかったが、要所でミスが見え、流れに乗り切れず、上位のチームに勝ち星を挙げることができなかった。

 

第5日 10月3日(土) 青山学院記念館

早 稲 田 2-3 東 女 体 (17-25、18-25、25-23、26-24、15-17)

 主将であり、エースである高橋が新潟国体のため1週間チームを離れていたため、高橋に代わり藤村(スポ3 小野高)が入るも、チーム練習の時間が取れなかったせいか、リズムに乗れず第1セット・第2セットともに落としてしまう。第3セットからこの日戻ってきた高橋がコートに戻り、ようやく自分たちのバレーを取り戻し、フルセットにもつれ込む。第5セット相手に序盤リードを許すも、中盤連続得点を挙げ巻き返すが、最後に一歩及ばずこの日も初白星を挙げることはできなかった。

 

 

第6日 10月4日(日) 青山学院記念館

早 稲 田 1-3 嘉  悦 (13-25、25-23、20-25、26-28)

 第1セットは嘉悦大のスピードある多彩なコンビに対応できず、簡単にセットを落としてしまう。しかし、「淡白にならずにもう一度がむしゃらに」という麻生監督の一言で立て直し、第2セットを落としてしまうものの、第3セットは食らいつき何とかものにする。流れを引き寄せた第4セット。早稲田の持ち味である粘りも見られ善戦するも一歩及ばず、またしても勝つことができなかった。

 

最終日 10月10日(土) 青山学院相模原体育館

早 稲 田 1-3 松  蔭 (19-25、19-25、25-21、24-26)

 記念会堂での初めてのリーグ戦。なんとしても勝たなくてはという想いからか、1・2セット目は選手全員に硬さが見られ、思い切ってプレーすることができない。後がなくなった3セット目から息を吹き返すも、相手コートになかなかボールが落ちず、最後の1点をまたしても勝ちとれず、1次リーグで勝ち星を挙げることはできなかった。

 

最終結果

1位 筑波大学      7勝 0敗

2位 東海大学      6勝 1敗

3位 日本体育大学    4勝 3敗(セット率[1.16]、得点率[1.01]による)

4位 東京女子体育大学  4勝 3敗(セット率[1.16]、得点率[0.99]による)

5位 嘉悦大学      4勝 3敗(セット率[1.07]による)

6位 青山学院大学    2勝 5敗

7位 松蔭大学      1勝 6敗

8位 早稲田大学     0勝 7敗

 

 個人記録(10位以内)

  ・ベストスコアラー賞

      森田 絵美(スポ4 文教学院大高)

  ・最多得点

   1位 森田 絵美(スポ4 文教学院大高)  160点

   3位 高橋 里枝(スポ4 帝京長岡高)   134点

  ・アタック決定本数

   1位 森田 絵美(スポ4 文教学院大高)  153本

   4位 高橋 里枝(スポ4 帝京長岡高)   117本

  ・ブロック決定率

   6位 菅野 友美(スポ3 大和南高)     0.5本

 

入替戦 11月1日(日) 駒沢大学玉川校舎体育館

早 稲 田 1-3 国士舘大 (25-18、22-25、27-29、23-25) ※2部降格

 絶対勝たなくてはいけない試合。そのプレッシャーに勝つことができなかった。

第1セット、レフトからのスパイクが見事に決まり第1セットを先取する。しかし、第2セット目から歯車が狂いだす。不安や焦りからリズムをまったく作りあげられず、自分達で立て直すこともできず、何もできないまま試合は終わってしまった。

【応援者】杉山(S26)、堤(S32)、広田(S36)、関山(S37)、中村(S38)、福田(S44)、小宮(S46)、遠藤(S46)、

     倉持(S48)、田口(S50)、菊地(S54)、高野(S55)、十文字(S61)、吉井(S61)、三浦(S62)、

     藤本(H6)、松藤(H8)、赤井(H12)、庄司(H19)、細田(H20)、河村(H21)、土屋(H21)

 

  男女1・2・3部入替戦結果

【男子】 筑 波 大(1部7位)1―3 慶応義塾大(2部2位)  ※慶応大1部昇格

     中 央 大(1部8位)3―1 国士舘大(2部1位)  ※中央大1部残留

     中央学院大(2部7位)2-3 東京学芸大(3部2位)  ※学芸大2部昇格

     亜細亜大(2部8位)1―3 日 本 大(3部1位)  ※日本大2部昇格

【女子】 松 蔭 大(1部7位)3―2 日本女子体育大(2部2位)  ※松蔭大1部残留

     国際武道大(2部7位)3―0 大 妻 大(3部2位)  ※国武大2部残留

     山 梨 大(2部8位)2―3 順天堂大(3部1位)  ※順天堂2部昇格

 

 

秋季リーグ戦を終えて

塚越健司 学連委員(スポーツ科学部3年 早大本庄高)

 

今季リーグ戦は、新型インフルエンザの影響により、選手のコンディショニング調整、大会の運営面、共に大変なものであった。

 関東リーグ戦各部において新型インフルエンザが発症する中で、学連員が直接運営する直轄リーグ(男子1部~3部、女子1部~2部)においても、男子1部、3部、女子1部にて、インフルエンザが発症し、試合を延期、又は上位リーグ(後半)戦を中止する結果となってしまった。秋季リーグ戦は、全日本インカレのシード権に大きく関わってくるため、可能な限り全試合行ないたいところであった。幸いにも、本学男子部の所属する2部については、全10試合を無事に終えることができた。しかし、女子1部では、複数の大学で発症してしまい、予選リーグの7試合(前半)だけで、リーグ戦を終えることとなってしまった。特に女子1部延期試合については、本学の試合は無かったものの、平日の夜に試合が行なわれたため、各大学の選手は授業を終えてから移動しての試合となりコンディショニングの調整が難しかったと思われる。また、運営側としても、平日の夜に使用できる体育館の確保、審判員や補助役員の手配など、延期試合が行なわれるごとに、対応策を考えていかなければいけなかった。

 11月末より行なわれる全日本インカレでの対応策を現在検討中であるが、無事に大会が運営していけるように、全力を尽くしていきたい。

 

 

3.全日本大学選手権(第62回秩父宮賜杯・第56回秩父宮妃賜杯)の日程 

 

 11月30日(月)~12月6日(日)の日程で、東京体育館ほかの会場で開催されます。

 詳細につきましては、全日本大学バレーボール連盟の大会ホームページをご参照ください。

 http://www.volleyball-u.com/inkare2009/index.html

 

予選グループ戦

男子初戦:12月1日(火) 船橋市総合体育館   第1試合  対 北海学園大

  船橋市総合体育館--東葉高速鉄道「船橋日大前駅」西口より徒歩8分

            新京成電鉄・東葉高速鉄道「北習志野駅」西口より徒歩20分、バスで5分

            新京成バス「高根公団」「古和釜十字路」「セコメディック病院」「小室駅」

            行きに乗車し、「東警察署前」下車徒歩約5分

 

女子初戦:12月1日(火) 座間市立市民体育館  第2試合  対 静岡産業大学藤枝校舎

  座間市立市民体育館-小田急線「相武台前駅」より徒歩5分

  (スカイアリーナ座間)

 

 

4.「早関定期戦」を11月29日に開催 

 

 昭和22年に第1回目が開かれ、今年で61回目となる「早関定期戦」が、全日本大学選手権大会が開幕する前日の11月29日(日)上井草体育館で行われます。開会式は13時30分で、試合終了後には早稲田大学戸山キャンパスにて両校のレセプションを予定しています。

 これまでの対戦成績は、早稲田の48勝12敗となっています。

 

 

5.「卒業30周年記念懇親会」を開催 

 

 今年度の総務委員会の活動方針(総会資料)の中でご案内しましたが、「第1回卒業30周年記念懇親会」(稲門バレーボール倶楽部ホームカミングデー)を9月12日(土)に開催しました。

これは総務委員会の企画によるもので、卒業30年を迎えた昭和54年卒業のOB,OG会員を中心にして、学生時代一緒にプレーした前後3年間の会員(51~57年卒)を主な対象として参加を呼びかけました。当日は秋季リーグ戦男子の開幕日(女子は9月21日)亜細亜大学で行われた中央学院大学との試合を観戦した後、会場を新宿のライオン新宿センタービル店に移して行われました。出席者の中には九州など遠方から駆けつけ、また卒業後初めて顔を合わせる会員もいて学生時代の思い出話しなど大いに盛り上がり旧交を温めました。また合わせて総務委員会から会費納入に対する協力もお願いしました。尚この企画は今後も4年に1度実施する予定にしています。

 

 

6.「10大学OB戦」のご案内 

 

 11月29日(日)「第51回 東京10大学バレーボールOB戦」が東京文京区の筑波大学付属高校体育館で行われます。

 前回は、9人制で単独チームを編成し優勝しましたが、今回は9人制と6人制の両方にエントリーする予定で、黒木さん(H10)が中心となってOBの方々に参加を呼びかけています。特に6人制は学生の相手が出来るチーム編成を目標としており、学生達と一緒に汗を流し現場で直接指導が出来る若手OBの参加を求めています。

 

 

7.「稲門祭 体育各部パレード」に参加 

 

 「2009稲門祭 HOMECOMING DAY」が10月18日(日)早稲田キャンパス、戸山キャンパスを会場に行われました。

 これまで、稲門祭は地域の稲門会やサークル有志の稲門会が主体となって運営されてきましたが、今年は卒年次稲門会も加わり、谷沢健一氏(S45 野球部OB)が実行委員長となり、統一キャッチフレーズを(早稲田の)「すべてのスポーツをメジャーに」として(競技スポーツセンターからの要請もあり)44部のうち26部が参加しました。

 当日は、全国から大勢の卒業生が参加し注目する中、応援部が先導、野球部を先頭にかつて早稲田のユニフォームを着て大活躍した各部のOB、OGが、馬場下交差点から大隈講堂、銅像前までをパレードしました。

 バレーボール部からは、仙北谷(S44)、田口(S50)、ゼッターランド(H3)の3氏がパレードに、ホームカミングで佐藤九州支部長(S35)、運営スタッフとして西川氏(S39)がそれぞれ参加しました。

 

8.岩田三郎さんの所属チームが3位入賞 

 

 前々号(6/14 発行)で岩田三郎さん(S24)が所属するソフトバレーボールチーム「湘南の風」が神奈川県代表として「全国健康福祉祭 ねんりんピック 北海道・札幌2009」(9/5~7 旭川市)に出場することをお伝えしましたが、この全国大会で見事3位に入賞しました。

大会には、60歳以上の男女混合63チームが参加し「湘南の風」チームは、予選リーグを1位で通過し、決勝リーグでは草ケ江クラブ(福岡県)に勝利しましたが、さくらじまん(鹿児島県)に惜しくも敗れ3位となりました。岩田さんは監督兼選手として出場し、最高年齢選手賞を受賞しました。

【編集後記】

 本編でも記載しましたが、慶応義塾大学が入替戦で筑波大学を下し、実に79季・40年ぶりに1部昇格を果たしました。来年度は、春季リーグ戦を制した専修大学、秋季リーグ戦を制した国士舘大学、躍進した宇都宮大学に加え、降格してきた筑波大学と争うこととなり、なお一層厳しい戦いになることが予想されます。男女ともに1部昇格のためには、稲門バレーボール倶楽部が一丸となって支援していく必要があると思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

 最後となりましたが、4年生にとっては最後の公式戦である全日本インカレが今月末に開幕します。4年間のクラブ活動の集大成として、悔いの残さぬよう全力を出し切ることを祈念しています。

 

■9月20日にご逝去されました水野先生(前早稲田大学バレーボール部部長、稲門バレーボール倶楽部名誉顧問.元会長、早稲田大学文学部元教授)を偲ぶ寄稿を掲載いたします。

 

水野先生を偲ぶ

関山 徹 (昭和37年卒)

咲き誇る彼岸花の赤が、一段と鮮やかに映る秋冷の空に、先生は逝ってしまわれました。あまりにも突然のことに、今も信じられない気持ちです。

訃報に接した夜は、先生の笑顔、二次会でのお酒、試合会場のベンチにチョコンと座ってる姿、東日本インカレ優勝での胴上げ、赤塚さん葬儀での涙の弔辞、幹事会や総会でのおだやかな語り口等が、とどまることなく思い出され、なかなか寝つくことが出来ませんでした。

堀ノ内斎場での通夜・告別式では、弔問の方々の途切れることのない列。中堅・若手OB・OG有志により整然とおこなわれた順路案内・受付そして場内整理。先生のご人徳が偲ばれる思いに胸が熱くなりました。

先生は、私が幹事長をしておりました1998年(平成10年)9月に、バレーボール部長と稲門バレーボール倶楽部会長に就任されました。そして2006年(平成18年)3月に会長職を赤塚さんに譲られ、又2008年(平成20年)3月にご定年により、部長職を上村先生に譲られました。

10年間にわたり、現役男女部員の指導と、8年間、稲門バレーボール倶楽部の会務を総括して下さいました。

この間、試合会場では共に一喜一憂し、幹事会や総会では常に私の右側にお座りいただき、議事進行を助けていただきました。

嬉しかったことは、ご就任翌年の1999年(平成11年)7月に今橋監督・伊東主将・楯主務の率いる現役男子が、東日本インカレに優勝したことです。

胴上げされ、金メダルを首から下げ、それはそれは嬉しそうでした。学生時代から、神宮球場に行った事がないという先生が、スポーツというもの魅力に取りつかれた一瞬ではなかったかと思います。

あの時の記念写真のテレホンカード、私は今でも手元に持っております。

感謝したいことは、私が幹事長として稲門バレーボール倶楽部の運営を任されていた時のことです。当時から幹事会は多くの幹事が会社勤めの現役ですから、会議は平日夜、それも短時間でキチンと結論を出さざるを得ませんでした。

キチンと迅速にやることに対し、ある時、一部幹事の方から、 「会社の仕事のように、あまりキチン、キチンと会議を進めるの、どうかな。もっと楽しく気楽に発言しやすい進め方はどうかね」 とアドバイスを受けました。

何事もキチンとやろうとするのは、私の性格であり、欠点でもあること、自覚しておりましたので、後日、先生にご意見伺いました。

その時の一言、「関山さん、仕事もバレーもキチンとやりましょうよ」 に今も感謝しております。

残念だったことは、我が国の20世紀ロシア文学の第一人者たる先生に、ご専門の高尚なお話をじっくりお聞きする機会がなかったことです。高校生時代、苦労してトルストイの復活を読み、何も残らず、愛読書は吉川英治の宮本武蔵では、多分先生の議論の相手としては力不足でしたでしょう。

ただ、先生は 「スポーツもまた文化、パフォーマンスの表現である」 そして 「反復出来ない一瞬のために、自分の持っている技術のすべてを投入するスポーツこそ、文化だ」 といっておられます。

となると、「剣もまた文化」 となるのでしょうか。

ひやひやしたことは、大好きなロングピースをくわえながら、紫煙でセピア色に染まった書斎で夜明けまで思考し、原稿を書く。そんなことから、午前開始の会合などに、先生は定刻間際に来られる常連でした。いつもひやひやしてました。12時開始の70周年の祝賀会では、開始1分前にまだお見えにならない。その時、発車間際の電車に、平然とスルリと乗り込むように登場。お見事な開会の挨拶でした。

困ったことは 先生の達筆でした。達筆すぎて、私にどうしても読めない字がありました。70周年に 「集まり散じて二十年の歩み」 を出版しましたが、先生に依頼した挨拶文の原稿が締切日過ぎても届きません。やっと届いた原稿を拝見しましたら、いつも以上にすごい達筆。やむなくそのまま出版社に直送。

見事な挨拶文が出来上がりました。出版社の人はさすがプロでした。

共に涙したことは、赤塚さんの葬儀でした。先生の涙を流しながらの弔辞には、私も涙が止まりませんでした。私が幹事長としてあとを託した赤塚さん。先生が会長としてあとを託した赤塚さん。残念で、残念でなりません。

想い出は尽きることがありません。現役部員に対し、先生は常に、現役選手の目線に立って暖かく、しかし、文武両道を忘れないよう、指導してくれました。

試合に勝てば手を叩いて喜び、負ければ、「監督さん以下、一生懸命やったのだから、しょうがないよね」 と励ましてくれました。

そして、ワセダバレーの先輩・後輩の関係は、上下関係でなく、一つ輪の円陣であり、車座の精神であること。先生はあたりまえの如く、私達の輪の中に入って来て下さいました。多分、文学部の学生達に対してそうであったように。

又、現役あっての稲門バレーボール倶楽部。そして、倶楽部運営の担い手は、少数のマラソンランナーではなく、世代を超えた多くの駅伝ランナー達により引き継がれていくこと。このことをよく理解され、支援してくれました。

今、福田会長・仙北谷幹事長以下の幹事・役員の人達は、先生の教えを守り、現役男女チームの支援・強化、そして倶楽部活動のより一層の活性化に取り組んでおります。

先生、金メダル、銀メダル、現役選手達が贈ってくれた沢山のメダル首にかけて、天国に行ってください。

そして、2011年。創部80周年の記念の年を迎えます。その時、現役男女チームは共に、一部リーグの上位にいて、優勝争いをしております。ベンチには上村先生がどっしり構えて、座っていただいてます。

創部記念と優勝の祝賀会に、先生、ぜひ来てください。お待ちしてます。そして皆んなで円陣組んで「都の西北」と「古い顔」 一緒に歌いましょう。

それまでゆっくりお休み下さい。

以上

『水野先生を偲んで』

藤森 亮介(平成18年卒)

水野先生と初めてお会いしたときのことは正直覚えていない。

知らないうちに試合前のベンチでハイタッチをしていた。とても不思議な人だった。

ずっとスポーツ一筋できたからなのか、「早稲田大学の教授だよ」と聞いたとき、きっと「気難しい人」なんだろうと勝手に想像をしていました。

早稲田大学の教授=頭のいい人=気難しい人、そんな私の固定観念を壊してくれたのが水野先生でした。

気がつくと試合前の円陣に混じって選手と手を合わせて声を出し、試合中は決まれば手をたたき喜び、ミスをすれば「ドンマイ」と励ましてくれる。

実際バレーボールのことは詳しい方ではないと思たったが、試合中に真剣に指示をくれる。何の迷いも無い水野先生の顔を見ると何だか落ち着くことができた。そんなオーラがあの笑顔から溢れ出ていたことを今でもはっきりと覚えている。

私が最も強く水野先生の印象が残っているのは、特別な言葉ではなく、水野先生の早稲田大学バレーボール部に対する姿勢だった。

私自身が4年になり、キャプテンに任命されて初めて公式戦である春のリーグ戦、いきなりの4連敗と最悪なスタートとなってしまったときだった。

試合が終わり、試合会場の隅でOBの方々から厳しい叱咤激励を頂いていた時、監督、コーチに混じり、水野先生が申し訳なさそうな顔をしながら、OBの方々話を聞いているのを覚えている。

実際に負けたのは試合に出ていた不甲斐無い選手であって、監督やコーチの責任ではない。

ましてや水野先生には何の責任もない。

しかし、水野先生は試合に出ていたかのように、真剣な顔でOBの方々の話を聞いていた。「水野先生もいっしょに戦ってくれていたんだ」と思ったとき、この人のためにどうしても勝ちたいと闘争心が沸いてきたことをよく覚えている。水野先生のそんな早稲田大学バレーボール部に対する姿勢が、結果的にその年の全日本インカレの最終日にセンターコートで第3位に導いていただいたと心から感謝しています。そんな水野先生が亡くなられたと聞いたときは、本当にショックでした。バレーボール部長を辞された後も、毎試合のように、試合会場へ足を運ばれていたとお聞きしていました。

早稲田大学バレーボール部の現役のみなさん、スタッフの方々、OBの方々、目を閉じて水野先生の顔を思い出してください。

ベンチでクシャッとなるまでの笑顔で手を叩いている姿が浮かんでくるのは私だけでしょうか。

あの笑顔に何度救われたか分かりません。本当に残念でなりません。心からご冥福をお祈りいたします。

水野先生はきっとこれからも、天国から早稲田大学バレーボール部の試合を、あの笑顔で観ていてくださる事と思います。是非、現役の選手たちには、水野先生に喜んでもらえるような試合をすることを期待しています。

「水野先生を偲んで」

庄司千賀子(平成19年卒)

謹んで、故水野忠夫先生の御霊にお別れの言葉を申し上げます。

在りし日の先生は、ご多忙の中、よく試合や練習に足を運んで下さり、私たち部員に「調子はどうですか。」とよく声をかけ、部員の話に耳を傾けて下さいました。

また、部員に対して「君たちはよくやっている。前に見た時よりも良くなっていますよ。」といつも笑顔で励まして下さり、やさしく大らかなお心をお持ちの方でした。先生のおかげで私たちはどのような状況でも前向きにバレーボールに打ち込むことができました。これまで、あたたかく見守って下さったことにとても感謝しております。

先生は常に私たちの良き理解者であり、心強いサポーターでありました。試合では、私たちが点を取る度に、ベンチサイドから大きな拍手や声援を送って下さいました。時には、立ち上がってハイタッチをして下さいましたね。もう、あのような嬉しそうなお姿を見ることができなくなると思うと、残念でなりません。

私たちの現役最後の試合である全日本インカレでは、これまで先生が全力で部員を支えて下さったおかげで、準決勝まで勝ちあがることができ、夢の舞台であるセンターコートで存分なプレーを発揮することができました。私たちのプレーを見守る中、ベンチサイドに座り声援を送って下さる、あの満面の笑顔は今でも忘れることができません。

水野先生、私たちは、先生のご恩に感謝し、先生のお言葉を胸に、これからは心新たにがんばって参ります。どうか私たちをお守り、お導き下さい。

先生の御冥福を心からお祈りし、謹んで哀悼の意を申し上げます。