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 早稲田大学
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item1b1a1a1a えんじの人々(11)「美ら島沖縄総体の成功めざす」

米田恵一郎さん(男子部・平成13年・人間科学部卒業)   2010年2月掲載

今年(平成22年)7月から8月にかけて、沖縄県で初めてインターハイ(平成22年度全国高等学校総合体育大会・総体)が開催されます。競技のほとんどは沖縄本島の那覇市などでおこなわれますが、男子バレーボール(宮古島)とレスリング(石垣島)は、本島を離れ宮古・八重山の島々で競われます。

その宮古島で、7月30日の開幕に備えて大会運営の準備に多忙な日々をおくっているのが、米田恵一郎さん(2001年•平成13年人間科学部卒業)です。米田さんは地元宮古島の宮古高校から早稲田大学へ進学して、出身の沖縄県の高校教師に就き、いま地元宮古島で開催される高校総体の運営に取り組んでいます。沖縄県のバレーボール関係者も高校総体は初めての経験で、さらに島嶼部で開く運営の難しさに直面し苦労が続きます。大会まであと半年を切りました。

 

「全国総体推進室(市職員・県高体連からの出向職員で構成)と連携をとり、九州・全国大会の視察や本番までの取組み内容、スケジュールの調整・確認、各学校の役員・補助員の割振りなどを行っています。その中でも中心になっているのが競技補助員(特にラインジャッジ)の育成と指導です。沖縄本島であれば各校のバレー部員を集めれば対応できるのですが、宮古島には4つの高校しかなく、バレー部員全員を集めても圧倒的に数が足りません。バレー部の選手全員ではすべてを補えないので、一般の生徒にも参加を求めなくてはなりません。その育成・指導を担当しています。昨年の九州総体では、一般の生徒たちもラインジャッジ(約60名)を務めました。審判員や参加チームには迷惑をお掛けすることになりましたが、本番に向けてある程度の感触を得ることができました。今年は早い段階から講習会や教科の授業、部活動顧問の協力を得ながら指導を開始し、本番までにはバレー部員並みのジャッジができるように育成していく予定です。周囲からは「大会成功は補助員に懸かっている」とプレッシャーをかけられています。バレー素人への指導は、プレーを教える以上に大変ですが、大会成功に貢献できるようしっかり頑張りたいと思っています。」

 

米田さんは、高校の教員を目指して早稲田に進み、その志望を情熱で実現させ地元沖縄で教鞭をとっています。戦前に台湾から早稲田へ進んだ先輩方を除けば、おそらく日本最南端の高校から早稲田のバレーボールの門をくぐった一人と言えるのではないでしょうか。

「平成16年に本採用(那覇市にある県立首里高校)、平成19年に転勤で地元の宮古島に戻り、母校である県立宮古高校で保健体育を教えています。日々の実技・保健の授業はもちろん、教科主任なので授業の年間計画や評価基準の作成、体育行事の企画・運営などもしています。また、部顧問や部活生全体を取りまとめる部活動係も担当しています。校内業務の他には、宮古地区の高体連バレー専門部でまとめ役をしており、地区大会の企画・運営や県の専門部との連絡調整などをしています。小さい宮古島では、複数の役割を担当しなければいけないので、いつも忙しいです。」

 

島で部活動をするハンディがあります。宮古島も例外ではなくチーム強化も容易ではありません。

「宮古高校では男子バレー部の顧問をしています。赴任1年目(現在3年目)は、3年生引退後は選手不足によりしばらく休部状態でした。現在は、半数以上が初心者ですが、部員も18名まで増え、私も選手と一緒にプレーしながら楽しく指導しています。沖縄本島に比べ宮古島は練習試合等で実戦経験を積むことが難しいので、相手チームのバレーに対応するということがなかなかできません。なので、相手に対応することよりも自分達ができるプレーをしっかりプレーすることを目標に練習に取り組んでいます。戦歴では、赴任1年目のチームで県ベスト8が最高です。現在のチームは、県大会で1・2回戦を勝てるかどうかのレベルです。来月(2月初旬)の春高予選ではベスト8を目標に頑張ります。バレーは『つなぎ』のスポーツで、自分のプレー(行動)は次にプレーする人(周囲の人間)を思いやる気持ちがないといけないと考えています。自分勝手なプレー・わがままなプレーはチームや周囲に迷惑をかけます。それは学校生活・社会生活でも同じではないでしょうか。周囲には無関心で自己満足な行動を取る子どもが増えている今、周囲を思いやった行動ができる人間を育てられるような指導を心掛けています。」

 

米田さんは、両親が教員で教え子が自宅に集まることも多く、そのせいもあって中学生の頃から教員になることを考えていたそうです。高校3年時に指定校推薦の機会に恵まれ、「これは自分が早稲田に行く運命」だと勝手に思い込み、すぐに希望して何とか合格することができました。高校時代は“県3位が定位置”で1度だけ準優勝があります。九州大会に3回出場しましたが全国大会の壁は厚く出場はできませんでした。大学では、2年生の春季リーグから1部に昇格して秋季3位、3年生で東日本インカレ優勝を経験、しかし最上級生の春季に2部に落ちました。現役時代は控え選手としてチームを支えました。

「印象に残っているのは3年時の東日本インカレ優勝です。早稲田バレーの身上である「強固なレシーブ」からの「高速コンビバレー」が思う存分に発揮された大会でした。中でも、当時主将だった伊東さんの力強いプレーの連発に興奮したのを覚えています。私自身はスタンドで応援担当でしたが、大きな大会で優勝したことが無かったので非常にうれしかったです。一方で、4年時の全日本インカレで負けた試合も思い出に残っています。北海道東海大にまさかの敗戦。「技術」よりも「気持ち」が大事だということを痛感しました。この敗戦は指導者となった今、選手を指導する上でとても役立っています。」

 

早稲田で4年間バレーボール部に在籍し、学んだことを忘れることはないそうです。

「早稲田の伝統と実績はもちろんですが、「学生主体」「全員バレー」というチームカラーに惹かれ入部を決めました。また、高校時代には県選抜に選ばれたこともあり、自分の力が関東でどれだけ通用するのか試したいという気持ちも強くありました。“成果(結果)は努力の質”で変わるということを学びました。練習をこなす、やらされるでは何の意味もありません。自分の中でその練習の意図を探り、意志を持ちながら行うことで大きな効果(成果)につながると思います。現役時代にそのことに気付くことができていれば、もっと大きな成果が出せていたのでしょう。この経験が社会生活でも指導者生活でも大いに生かされ、充実した日々を送ることができています。」

「再び大学バレーが注目されています。大事なのは「プレーする姿勢」だと強く思います。「ひたむきなプレー」と「チャラチャラした態度」は対極にあると思いますが、どちらのプレーも中・高生の憧れとなり、見本にもなります。自分の為だけのバレーではなく、自分を見ている下の世代の選手たちに夢と感動を与えるようなプレーして欲しいと思います。」

 

2部に甘んじている今の早稲田の現役選手には熱く厳しい声で呼びかけます。

「自分も2部に落ちたので今の現役選手の歯がゆい気持ちがよくわかります。このような時だからこそメンバーが気持ちを1つにし、同じ方向を向いて努力しなければなりません。その為には、学年に関わらずコミュニケーションをしっかりとり、意見をとことん出し合うことが大事です。今こそ、皆さんの真価が問われる時です。悔いを残す事がないようやり抜いてください。期待しています。」

 

そして、早稲田を目指す高校生に早稲田の良さを語ってくれました。

 「数ある大学の中で早稲田を選んだ事、それがこれまでの私の人生の中で一番のヒットではないでしょうか。互いに刺激し合える仲間、思う存分やりたいことができる環境(スタッフやOBも含め)、他の大学にはないモノが早稲田にはあります。そこで経験したことが大きな自信となり、誇りとなっています。早稲田が狭き門であることは確かですが、苦しい思いをしても目指す価値のある大学です。自分の力を信じ、最後まで諦めず頑張って下さい。また、早稲田のバレー部は学生主体(学生が考え、実践する)で取り組んでいます。高校時代に実績がなくても分け隔てなく切磋琢磨できる環境です。これは他の競合の大学ではあまりみあたらないものではないでしょうか。早稲田を受験し合格してバレーボール部に参加して、是非とも戦ってほしいと思います。

 

米田恵一郎さん・・・沖縄県立宮古高校から1997年(平成9年)早稲田大学人間科学部に入学。2001年(平成13年)卒業、2004年(平成16年)沖縄県立首里高校に奉職。同校でバレーボール部の指導にあたり、高体連のスタッフとして高校バレーの運営を担当。2007年(平成19年)に母校の県立宮古高校に移り、今年度の高校総体の運営準備をすすめている。

 

※ この「えんじの人々」シリーズでは、稲門バレーボール倶楽部の会員の消息や各界で活躍するすがたを紹介していきます。そうした卒業生がいらっしゃったらご連絡ください。ご自分での文章も歓迎いたします。