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item1h3a1c1b2a3a1b3b1a3a3a1a1a1a1a1a1 えんじの人々(23)「競技者としても、人としても、根っこを太くしてほしい」

三浦 康太郎 さん(昭和62年教育学部卒業)

2014年3月掲載

早稲田大学バレーボール部の卒業生OB・OGがつくる稲門バレーボール倶楽部。三浦康太郎さん(昭和62年卒業)は、長くその指導委員長として、選手の強化指導、新入生の受験勧誘、卒業後の進路などに取り組んできました。三浦さんに、早稲田復活の道筋について、詳しくお話を聞きました。

Q 2013年度のW優勝(秋季リーグ戦と大学選手権優勝)の原動力は何でしょうか?チームの選手たちはどのように成長していったのでしょうか?

A 主将、主務を中心とした学生たちが本気になったということに尽きると思います。そして本気にさせた吉井監督・松井コーチがいたということです。早稲田はいつも部員数が少なく、個々の運動能力や競技歴もトップレベルの選手ばかり揃っている訳ではありませんが、お互いの性格や技量をよく理解し、きわどい局面でもいつも通りのプレーができた、そしてそのワンプレーを成功という結果で返すことで、お互いの信頼が束となり信じられないような大きな力が発揮されました。早稲田大学バレーボール部は学生が主体的に考え行動するという伝統が脈々と引き継がれています。その伝統をW優勝という最高の形で返してくれたことを一OBとして大変うれしく、誇りに思っています。

 

Q 新しい年、2014年度の目指すところについて。

A チームとしての目標は監督と学生で決めることですから、私は監督に任せています。ただ、早稲田大学バレーボール部のあり方については、監督・コーチとお互いの認識を合わせる必要があります。吉井前監督や、松井新監督とは日ごろから意見を交わしています。吉井さんが土台を一から叩き直し、それに松井さんが加わり新たな風を吹き込んでくれました。早稲田は、昨年のW優勝によって今年は追われる立場ですし、その真価を問われる年でもあります。このW優勝を好機ととらえ早稲田復活を地に足が着いたものにしていきたいと考えています。2014年度はその元年にしたいと思います。

 

Q 早稲田のバレーは何を目指しているのでしょうか?

A 「真の学生日本一」を目指しています。チャンピオンシップスポーツとして優勝を目指すことはもちろんですが、真の学生日本一とは、早稲田で過ごした4年間で、人として一人前になれることだと思っています。その運営を学生が主体となって行い、後輩に継承することができるのが早稲田大学バレーボール部であり、変えてはいけないことだと考えています。社会に巣立っていくための準備期間として、早稲田大学を、バレーボールを、OB・OGを十二分に活用してもらいたいのです。バレーボールは他の競技にはない魅力と底力があると思います。そのサポートをすることが我々OB・OGの役割だと私は考えています。

 

Q 指導委員長の立場で心がけていることは何ですか?

A 学生のために我々がいるという事です。学生が主役です。ただし、この学生が主役という事がとても難しい。現役を支援するOB・OGの高い志と熱意には心からの敬意を表します。

 

Q どんな高校生に早稲田へ進学入部してほしいですか?

A 早稲田で自分を鍛えたいと思っている全ての高校生です。バレーボールの競技歴や、技量などで諦めてしまう高校生もいますが、非常に残念です。将来的にバレーボールで頂点を極めることができるのはほんの一握りの競技者だけです。一人一人が役割をもって4年間を過ごすことができるのが早稲田大学バレーボール部です。競技者としても、人としても、根っこを太くしたいと考えている高校生には、是非とも進学入部してほしいです。入学してからは、一人ひとりの役割や期待も異なるので一概には言えませんが、一つ学年が上がるごとに新たな役割と責任が生まれ、気づきや、達成感、挫折感も味わうでしょう。その一つ一つが成長の糧となりますので、4年生まで諦めずに取り組んでほしいと思います。

 

Q 三浦さんご自身が早稲田進学を決めた理由は何ですか?

A 高校時代から全国大会にレギュラーとして出場し、春の高校バレーでは全国優勝したこともあり、自分は大学でバレーボールをするんだと自然と考えていました。同期の仲間3人は明治大学に進学しましたが、私は父が早稲田大学出身でその影響もありました。バンカラな校風が私には憧れでした。私は本当に早稲田大学バレーボール部に育てられました。技術では負けない自負がありましたが、大学生のパワーと高さ、何といっても先輩たちの気迫に圧倒されました。レギュラーから落ちて、やけになっていた時期もありましたが、同期の仲間や、先輩に助けられました。特に3年生の夏合宿では当時コーチであった小宮さんに鍛えられました。主力の4年生が卒業した後のチーム構成を考えての愛のムチでした。連日のワンマンでしたが一線を越えてしまうと「なんでも来い!」と逆に腹が据わるんですね。何十分やっても疲れは感じませんでした。この夏合宿を乗り越えたことで一皮むけました。私の心が早稲田のえんじのユニフォームを着た瞬間でした。

今も指導委員長として関わらせていただいていますが、まだまだ色々な事を学ばせてもらっています。成長中です。

 

Q 学生時代に思い出に残る試合がありますか?

A 思い出に残る試合は沢山あります。33年ぶりに関東1部リーグで優勝した試合も良き思い出です。しかし、あえてご紹介するものとしては、主将としてチームを背負い、リーグ優勝もして意気揚々としていた頃の早関定期戦(早稲田と関西学院)です。試合の内容は早稲田の完勝でしたが、部員の躾というか、チームの中ピーンと張りつめた糸というものでしょうか。所作一つとっても関学の部員は素晴らしいものがありました。部の統率、指導という面では完敗でした。早関定期戦になると当時の関西学院大学の主将藤井さんを思い出します。

 

Q ご自身も33年ぶりにリーグ優勝を果たしましたが、その時の原動力は何でしたか?

A 私が3年生の時(吉井さんが4年生)に全日本インカレ3位になって早稲田復活ということで大変喜ばれました。しかし、レギュラー陣の4年生が抜け、次の代は2部降格するのではないかと噂されていました。1年生の時から悔しい思いを重ねてやっと復帰した、悲願の1部リーグです。新主将となった私をはじめ、同期の3人は絶対に降格はできないという思いでした。3年生以下も同じ思いだったと思います。学年ごとの役割や期待は異なりますが、それぞれが本気で取り組み、競い合い、ぶつかり合うことができましたし、それが当たり前のことでした。今、改めて感じるのは、そのあたり前のことが、キチンとできることが早稲田の底力であり、すなわちこれまで先輩方が築いてきたことであり、苦楽を共にした同期、後輩たちの力です。今までも、これからも変わらない事だと思います。

 

Q 新年度の現役選手へ期待のメッセージをお願いします。

A 学年が一つ上がって、それぞれが新たな役割と責任に、決意を新たにしていることと思います。これから幾多の問題・課題がでてくると思いますが、徹底的に意見を交わして一つ一つ解決して欲しいと思います。その過程で生み出されるものが必ず自分の財産となって返ってきます。苦労を惜しまず、ずるいことをせず、遠回りもよいと思いますので、目標に向かって本気で取り組んでください。

 

稲門バレーボール倶楽部のみなさんには 日ごろから現役、スタッフへのご指導、ご支援を賜りありがとうございます。指導委員会としては若手のOB・OGの方が少しでも手伝ってくれることで、現役との交流が深まることを願っています。私が指導委員長としてお手伝いしている理由の一つとして、諸先輩方に大変お世話になったことがありますので、今はその恩返しの気持ちで関わっています。

2020年の東京オリンピックには早稲田大学出身のバレーボール選手が活躍する姿を夢見ております。引き続きご指導、ご声援のほどよろしくお願い申し上げます。

 

三浦康太郎さん(みうらこうたろう)

1983年(昭和58年)3月に神奈川県藤沢商業高校卒業、高校在学中はセッター、ライトスパイカーとして活躍。第13回春の高校バレーで全国優勝する。同年4月に早稲田大学教育学部に入学。在学中は1985年度(昭和60年度)全日本大学選手権3位、1986年(昭和61年)主将としてチームをひっぱり33年ぶりに関東大学春季1部リーグ戦で優勝。1987年(昭和62年)3月に早稲田大学を卒業し、東京ガスに就職。同社で1994年まで東京ガスバレーボール部に選手として在籍、その後2002年3月まで東京ガスバレーボール部(V1リーグ(現Vチャレンジリーグ))監督として8年間指揮をとる。2007年(平成19年)に稲門バレーボール倶楽部指導委員長に就任した。

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早稲田大学バレーボール部

 about  
 早稲田大学

WASEDA UNIVERSITY VOLLEYBALL CLUB 

早稲田大学バレーボール部男子は、昭 和6年(1931)創部、翌昭和7年(1932)関東学生排球連盟が結成され、早大の公式試合の初参加となる関東学生春季リーグに出場。昭和9年 (1934)春リーグで初優勝、昭和10年(1935)春季から昭和16年(1941)秋季リーグまでリーグ戦14連覇の偉業を果たし、戦前の日本のバレー ボール界をリードしてきた。また戦後も、昭和23年の第1回全日本大学選手権で優勝、昭和28年(1953)単独で渡米し全米選手権に出場し、世界の主流 であった6人制バレーを体得、日本へ持ち帰り、6人制のパイオニアとなった。関東大学リーグ優勝23回、全日本大学選手権優勝3回、準優勝3回。2012年度全日本大学選手権 第3位、2013年度秋季関東大学リーグにて27年ぶりの優勝を、また同年全日本大学選手権で61年ぶりの優勝を果たした。伝統ある定期戦は、慶応義塾大学との「早慶戦」(2013年度、第77回)、関西学院大学との「早関戦」(同、第65回)、OBも加わって競う「全早慶明」(同、第66回)の定期戦がある。2013年度、男子は関東大学リーグ1部リーグに、女子は2部に所属。毎年、リーグ戦優勝と学生日本一をめざして、学生自主のもと、鍛錬している。

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