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item1h3a1c1b2a3a1b3b1a3a3a1a1a1a1a1a1a えんじの人々(24)「私たち稲門バレーボール倶楽部は、学生が進むべき道筋を示す“水先案内人”、」

菊地 巌 さん(昭和54年教育学部卒業)

2014年3月掲載

早稲田大学バレーボール部の卒業生OB・OGがつくる稲門バレーボール倶楽部。菊地巌さん(昭和54年卒業)は、2002年から5年間男子監督を務めチームを指揮し好成績を収めました。またその後稲門バレーボール倶楽部総務委員長、幹事長として、OB・OG組織の運営に携わってきました。「常勝ワセダ」復活へ向けて、現役チームを下支えしてするその意義や稲門の活動について、また現役学生に向けて温かいお話を聞くことができました。

 

Q 2013年度のW優勝(秋季リーグ戦と全日本大学選手権の優勝)の原動力、現役選手の成長、選手たちの“変身ぶり”についてお聞きします。

A 2013年度は早稲田大学バレーボール部にとって、大きな成長に繋がった年だったと思います。まず毎年高い目標掲げて、鍛錬していることについては、いずれの年度の学生も意識的にはさほど違いはないと思います。W優勝するためには、時(年度)の運もあったと思います。昨年優勝したメンバーを入学から見てきて思うことは、3年生から4年生に変わる瞬間になにか一皮むけた感じがしました。毎年4年生にはおのずから責任感が芽生えるのですが、特にこのメンバーには目を見張るものがありました。時代を担う責任感というか目的意識というか、表現しにくいですが、目には見えないなにか大きな力が生まれたような感じがしました。当然その結果として現れたのが、W優勝だと思います。後から思えば必然だったのかもしれません。

私が監督をしているときも、目には見えない大きな力が生まれた感覚はありましたが、日本一になるにはそれが少し足りなかったのでしょうね(笑)。日本一という結果ではありませんでしたが、2006年度の全日本インカレ準々決勝の中央大学戦は忘れられない試合になりました。大会前に選手たちとある約束をしました。「これまで支えてくれた家族、友人など大切な人たちをセンターコートにつれていく」という約束です。全日本インカレのトーナメントを考えるとベスト4からがセンターコートで試合ができ、見る人たちにとっても感動が得られる場所になります。ただやはりベスト4への壁というか実力だけでは越えられないものがあり、どのチームもしのぎを削る場面になります。そんな中、絶体絶命からの大逆転勝利となり、スタッフ、選手全員が抱き合って号泣し、チーム全員が「大切な人をセンターコートへ」という感情が爆発した私にとっては、日本一に匹敵する学生からの“贈り物”をもらった試合でした。そういう意味では各年代毎に自分たちの思いが結実した試合がきっとあると思います。

 

Q 30年前ご自身が選手だったころと今の現役選手に違いがありますか?

A 当時のバレーボールと昨今のバレーボールは競技そのものが違うもののような気がします。分業制であったり、戦略であったり、チームとしての役割だったり、当然立場が違えば精神的にも違いますね。

 

Q 稲門バレーボール倶楽部という組織の幹事長として、指導委員長の三浦さんや前監督の吉井さん、新監督の松井さんに関して聞かせてください。

A 指導されている監督・コーチらスタッフのみなさんは、日常の自分の仕事をしながらのボランティアです。仕事の合間を工夫しながら、学生の指導をしていただいており、その尽力には敬服いたします。私自身は幹事長として、まずは現役諸君のための役目があり、稲門倶楽部という組織があると思っています。現役がいてOB・OGがいるということ、現役支援を第一に心がけしています。稲門バレーボール倶楽部という組織の運営スタッフも最近はずいぶん若返ってきました。さらに、もっともっと若い世代にもぜひ参画していただきたいですね。より現役のサポートをするためには、より現役に近いポジションの若い世代の力が必要だと思います。

 

Q OBOGへの注文はありますか?

A もう少し年会費を集めたいですね。資金が集まればもっと現役の活動に支援できますし、指導いただいているスタッフのみなさんへの補助もできると思います。

 

Q 菊地さん自身が早稲田進学入部を決めた理由は?

A 高校生当時は、まったく予備知識なしで早稲田を受験しました。はっきり決めた理由は思い出せません(笑)。とにかく東京でバレーボールをやりたかったんです。父親から「早稲田じゃなかったら受験させない」と言われたので、なにも考えずに早稲田大学だけを受験しました。結果的にはその選択は間違っていなかったということだと思います。(笑)

 

Q 現役時代に思い出の残る試合、練習、合宿、エピソードはありますか。

A 私の学生時代は、とにかくよくリーグ戦の入替戦に(上がるにも下がるにも)出ていました(笑) 。学生4年間の8シーズン中、5シーズン入替戦にでていましたから、そうした経験は多かったんです(笑)。特に忘れられないので、4年生の春季リーグ戦です。「早稲田は優勝候補」とまで言われて始まったリーグ戦ですが、終わってみれば10戦全敗。のぞんだ明治大学との入替戦は、2セット連取したあとに逆に2セット取り返されてまさかのフルセットとなり、5セット目はデュース、あまりの緊張感にコートで貧血で視野がほぼなくなった状態でプレーをしていた記憶があります。結果勝利し、1部に残留できた試合です。練習ではとにかく“早稲田恒例”のワンマンレシーブ、うさぎ跳びが多くて、1年生、2年生のときにはいつもびくびくしていました。(笑)。現役学生の頃は、「稲門のこのOBの人たちはいったいなんなんだろう?」という印象でした。「家族でもないのになぜこんなに口うるさいんだろう?」と思っていました。しかし、ほんとうは家族同然だったんですね(笑)。

 

Q 早稲田バレーとは?早稲田バレーが目指すものは?

A 大学生が考える大学生が主体となった大学生らしいバレーボール」ではないでしょうか?もし大学生が組織として起業したら、こんな会社を作れるんだというチーム、組織づくりを目指してほしいですね。そうした意味では、早稲田に憧れて来てくれる高校生に入部してほしいです。いろいろな経験をたくさんして、骨太の社会人として巣立っていってほしいのです。そして、卒業したら、ぜひ社会に出てからの経験談を学生に話してほしいです。特に大学生から社会人なりたての人たちに、学生のときにもっとこんなことを考えていたら、あんなことを学んでいたらちょっと社会の見え方が違っていただろうなぁという、そうしたことを学生たちが気づくことにつながるような話を、現役に是非してもらいたいと思います。また、監督時代から言ってきたことで、特に東日本大震災以後にその思いは強くなりましたが、「だれか大切な人のためにバレーボールをやる。」という思いです。社会人となる人間として、これまで支えてくれた人たちやバレーボールをやらせてもらえる環境への感謝を伝えること。バレーボールの楽しさ、面白さを伝えること。最後まであきらめずに全力でプレーする姿を見せること。このようなことを通じて勇気や元気をだれかに伝えられるような人間になってほしいと思います。

 

Q 稲門バレーボール倶楽部が目指すものは何でしょうか?

A まずは現役支援が第一と考えています。物心両面からの支援を強化するために、直接的、間接的、短期的、長期的な施策を通して、結果的に学生たちがすばらしい大学生活を経験できることを目指しています。稲門倶楽部として卒業生同士の親睦、交流は目的としているところですが、組織的な学生支援のマネージメント機能構築も目指していきたいと思います。ということから、私たち稲門バレーボール倶楽部は、学生が進むべき道筋を示す“水先案内人”、あるいは“人生のコンサルタント”を目指していきたいと思います。

 

菊地 巌(きくちいわおさん)

1975年(昭和50年)3月に宮城県 私立東北工業大学電子工業高校卒業、高校在学中は第5回春高バレー全国出場、福岡インターハイ出場 同年4月に早稲田大学教育学部に入学。入学時には早稲田は関東1部だった。在学中は1年生の春季リーグ戦 法政戦でレフトプレーヤーでデビュー、1978年度(昭和53年度)秋季リーグ戦3位。1979年(昭和54年)3月に早稲田大学を卒業し、電電東北(現NTT東日本)に入社。同社で1988年までバレーボール部に選手として在籍。2002年(平成14年)から早稲田大学バレーボール部男子監督に就任、リーグ戦2位1回、3位3回、全日本大学選手権大会3位2回。2009年(平成21年)から稲門バレーボール倶楽部総務委員長に、2012年(平成24年)から幹事長として、運営に携わっている。

早稲田大学バレーボール部

 about  
 早稲田大学

WASEDA UNIVERSITY VOLLEYBALL CLUB 

早稲田大学バレーボール部男子は、昭 和6年(1931)創部、翌昭和7年(1932)関東学生排球連盟が結成され、早大の公式試合の初参加となる関東学生春季リーグに出場。昭和9年 (1934)春リーグで初優勝、昭和10年(1935)春季から昭和16年(1941)秋季リーグまでリーグ戦14連覇の偉業を果たし、戦前の日本のバレー ボール界をリードしてきた。また戦後も、昭和23年の第1回全日本大学選手権で優勝、昭和28年(1953)単独で渡米し全米選手権に出場し、世界の主流 であった6人制バレーを体得、日本へ持ち帰り、6人制のパイオニアとなった。関東大学リーグ優勝23回、全日本大学選手権優勝3回、準優勝3回。2012年度全日本大学選手権 第3位、2013年度秋季関東大学リーグにて27年ぶりの優勝を、また同年全日本大学選手権で61年ぶりの優勝を果たした。伝統ある定期戦は、慶応義塾大学との「早慶戦」(2013年度、第77回)、関西学院大学との「早関戦」(同、第65回)、OBも加わって競う「全早慶明」(同、第66回)の定期戦がある。2013年度、男子は関東大学リーグ1部リーグに、女子は2部に所属。毎年、リーグ戦優勝と学生日本一をめざして、学生自主のもと、鍛錬している。

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