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早稲田大学バレーボール部 創部 昭和6年(1931年)

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item1h3a1c1b2a3a1b3b1a3a3a1a1a えんじの人々(30)「早稲田は多様性集まるところ!」

藤村 瞳さん (平成23年スポーツ科学部卒業)

2018年2月掲載

早稲田大学バレーボール部の卒業生OB・OGでつくる稲門バレーボール倶楽部。藤村瞳さん(平成23年卒業)は、大手広告代理店に所属して、あと2年余りに迫った東京五輪へ向けてスポーツマネージメントビジネスの世界で、国内または海外をパートナーに仕事をしています。バレーボールを通じたグローバルなスポーツの世界について、また早稲田バレーのあるべき姿について、お話を聞きました。

 

藤村さんが取り組んでいるバレーボールビジネス、スポーツマーケティングについて、教えてください。

今、電通でバレーボールのマーケティング担当をしています。一言でいうと、バレーボールを応援してくださるスポンサーを探す仕事です。企業と、バレーボールの橋渡しをしています。具体的には、スポンサーが「バレーボールを支えている、応援している」ということを世の中に発信することで、スポンサーのブランドイメージ向上に繋げられるように、広告表現や大会会場プロモーションなどを考えています。バレーボールにスポンサーがつくことにより、競技力向上のための強化に力を入れることができたり、人気向上につながるPRに投資ができ、バレーボールの盛り上げにつながっていきます。仕事を通して、自分を育ててくれたバレーボールに恩返しができる環境にいれることに大変感謝しています。

 

東京五輪までいよいよあと2年余りになりました。藤村さんが卒業後取り組んだビーチバレーも人気の種目です。

東京五輪に向けた日本のバレー界の課題は、特にビーチバレーボールの日本での人気と競技力向上があげられます。ビーチバレーボールは、世界的にみるとメジャースポーツです。ロンドン五輪、リオ五輪などはあらゆる競技の中でビーチバレーのチケットが一番に売り切れ、入手困難なプラチナチケットと言われたほどです。パリのエッフェル塔前やロンドン五輪ではあのバッキンガム宮殿の前に特設コートを作り、音楽がかかった中試合を行ったり、大変エキサイティングなスポーツです。

 

藤村さんとビーチバレーの出会いは?

実は、私は大学卒業後2年間、ビーチバレーボール選手として活動していました。ビーチバレーはオリンピック種目であり、実力をつけて這い上がり、ワールドツアーを回ってポイントを稼いでいけば世界を目指せる夢のあるスポーツです。一度自分の可能性にチャレンジしたいと思い、ビーチバレーの世界に飛び込みました。

 

ビーチバレーの選手たちが抱える課題は何ですか?

まだまだ選手環境が整っていない部分が多いビーチバレーは、スポンサー営業や遠征時のホテルや食事の手配、パートナー探しもすべて自分で行います。私もスポンサーを見つけるために企業に飛び込み営業をしたりしていました。大変でしたが、自らの手で道を切り開いていく楽しさがそこにありました。私は2年思い切り競技に打ち込み、後悔なく引退することを決めましたが、環境が整わないことが原因で辞めていく選手をこれ以上増やしたくない、自分が選手時代苦労したからこそ、後進がビーチバレーのプロとして堂々と生きていけるような環境を日本で作っていきたいという思いからスポーツビジネスに強い電通を志望しました。入社後最初はテレビの枠を買ってクライアントに売る仕事をして広告ウーマンの基本を身につけ、多くの放送局さんと信頼関係を築き、3年希望し続けて今の仕事にたどりつきました。

日本でビーチバレーをメジャースポーツにしていくため、ヒト・モノ・カネとたくさんの課題はありますが、一つになれば必ずできると信じています。そのために、ビーチバレーを応援してくださるスポンサー探しに奔走したり、PR企画を練ったりといった毎日を過ごしております。

 

藤村さんが早稲田へ入学した動機は何ですか?

私が早稲田大学を目指した理由は、文武両道の日本一を目指せる大学だと思ったからです。高校進学のとき、兵庫県のバレーの強豪高からの誘いもありましたが、公立の進学校に進みました。勉強もバレーも文武両道をモットーに頑張り、大変充実した悔いない高校時代でしたが、中学の同級生がバレー強豪校に進学し春高バレーに出ているのを横目にみて悔しい思いをしたのをよく覚えています。大学ではバレーボールでも、学業でも日本一を目指したい、という思いで一般入試で早稲田大学を受験することを決め、一心不乱に勉強しました。晴れて合格し、バレーボールに入部することができました。

 

早稲田の女子バレー部はどんなところでしたか?

入部して半年は受験勉強で体力が落ちていたため、それを戻すのが大変でした。しかし自分で希望した道なので、高校時代の分も思う存分大学ではバレーボールに打ち込もうと人の何倍も練習しました。下級生の頃はなかなか試合にも出れませんでしたが、コツコツ練習を重ねることで力が付き、上級生になり試合出場回数も増え、一部リーグの試合に出場し戦うことができた嬉しさをよく覚えています。

 

「早稲田の良いところはダイバーシティ」(多様性)だと言います。

競争部の箱根駅伝も、一般受験の学生が推薦入学の学生と切磋琢磨し一生懸命練習し、4年間で力をつけて戦力になっているとき強い、といいます。バレーボールも同じで、推薦入試、一般入試、いろんなバックグラウンドを持つ多様性のあるメンバーの中でお互いを認め合い、高め合っていく事が戦力・チーム力アップにつながると思います。早稲田バレー部には、春高バレーの全国大会で活躍した選手もいれば、地元の公立高校で頑張っていた選手もいます。大学からバレーを始めた選手もいます。そんな中、いろんな背景を持つ人達のいろんな考え方やバレーに対する姿勢、プレースタイルなどを見て、バレーボールのプレーは勿論、人間としての幅が広がり成長することができます。また関東一部リーグで唯一といえるほど自主性が高い学生主体のチームであり、練習メニューなども4年生を中心に工夫を凝らして考え、お互い指摘しあいながら日々取り組み、自主練習も積極的に行っているところが他大学にない魅力です。こういった自主自立の精神や、チームで意見をだしあいながら目標を決めること、個人だけではなくチーム全体が高まる方法を考えていくというようなバレーボールを通して学べることが、社会に出てチームで仕事をする際にも大変生きてくると思っています。また、バレーだけでなく学業やアルバイト、ボランティアなど学生生活で何かに真剣に向き合って頑張ることで身に付く考え方は、仕事やその他のことにも必ずつながります。なので学生には目の前のことに全力で取り組んでほしいと思います。

 

早稲田でよかった!と思うところは?

多様性のあるメンバーが集まる早稲田で、素敵な先輩・後輩、スタッフ、OB・OGの皆様、そして何より4年間苦楽を共にした同期に出会えたことが、早稲田バレー部に入った一番の宝物です。また、バレー部以外のキャンパスでもさまざまなバックグラウンドや考え方、将来の目標をもった、素敵な仲間に出会うことができました。そんな人のご縁を卒業後も大切にしながら過ごしています。

中学生、高校生のみなさん、早稲田には、「人」として魅力的な人がたくさん集まっています。ぜひ早稲田を目指して素敵な学生生活、そして卒業後も続く早稲田の絆の仲間入りをしてみませんか。お待ちしております。

 

ありがとうございました。

 

藤村 瞳さん (ふじむらひとみ)

2007年(平成23年)兵庫県立小野高校卒業、高校在学中はバレーボール部主将を務め、兵庫県大会第5位、近畿大会出場。兵庫選抜として岡山国体出場。同年4月に早稲田大学スポーツ科学部に入学。在学中は関東一部リーグでプレー。上級生になり試合出場機会を増やす。3年秋に2部に降格するも4年春リーグで関東一部リーグに復帰。2011年(平成23年)3月に早稲田大学を卒業し、ビーチバレー選手の道を歩み始め、U24日本代表でユニバーシアード出場、ジャパンビーチバレーボールツアー第5位。2014年(平成26年)株式会社電通に入社、ラジオテレビ局配属後、全国各地のローカル放送局を担当。平成29年6月スポーツ局に異動し日本バレーボール協会・Vリーグ機構を担当。

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